SRI
社会的責任投資。従来の財務分析による投資規準に加え、社会・論理・環境といった点などにおいてCSR(企業の社会的責任)を果たしているかどうかを投資基準に据えることを指します。
used trucks for saleした12系客車改造の和式客車の6両編成。スロフ12 811・812、オロ12 821〜824で構成されていた。沼津運輸区→名古屋車両区に所属していた。
JR東海の和式客車は他の編成とは違い、引退するまで12系客車塗装のまま活躍。1997年2月に最終運用を終え、3月に廃車となった。
「ナコ座」「お座敷列車」(1983〜1999年)
1983年4月に登場した12系客車改造の6両編成。スロフ12 915・916、オロ12 829〜832で構成されていた。名古屋車両区に所属していた。同年4月10日から営業を開始。
used truck for saleとしては初めて、窓ガラスのないオープンデッキの展望車を連結したことで知られる。展望車は、のちの改造車では車掌室を連結面側に方向転換のうえでトイレ・洗面所部分を台枠から切断して、そこに新規に製作した構体を接合させる工法をとっていたが、この車では車掌室を後位出入台部へ移設させて、元の車掌室部をデッキに改造する手法をとっていた。そのため発電機関の排気管がデッキに立ち上がっているなど、少々苦しいレイアウトとなっていた。一部から「ナコ座」とも呼ばれるが、正式な愛称はなかった。1999年度に廃車となった。
used trucksした12系客車改造の欧風客車の7両編成。スロフ12 701・702、オロ12 701〜705で構成されていた。名古屋車両区に所属していた。
両端の車輌は開放室の展望車、中間車のうちの4両は4人用・6人用個室で、4両目(一番真ん中の車輌)にはビュフェとホールがあった。スキーの収納スペースが設けられ、テーマソングが車内で流されるなどの特徴があった。臨時列車としては、冬に「シュプール号」として名古屋駅〜妙高高原駅を運転していたほか、中間個室車がスハフ12形(電源用)、マニ44形とともに「カートレインユーロ名古屋」として運転など、編成を崩しての運転も多く見られた。2005年4月の団体臨時列車を最後に廃車されている。なお、ユーロライナーにあわせて塗装された専用塗装の機関車 EF64形 35・66号機(2両共に廃車)、EF65形 105・106・112号機(3両共に廃車)、DD51形 592・791・1037号機(3両共に廃車)が存在したのだが、2008年4月に最後の専用塗装となっていたEF64 35が運用を終え、廃車となったため現在は専用塗装機は消滅している。
used truckした14系客車改造の6両編成。「ユーロライナー」と同様の塗装であった。スハフ14 701、オハフ15 701、オハ14 701〜704で構成されていたが、2000年にオハフ15 701は廃車になり、スハフ14 5が内装は改造されずに塗装のみ変更され組込まれた。単独で、あるいは「ユーロライナー」と併結して団体列車および「シュプール号」など多客臨時列車で運用された。美濃太田車両区に所属していた。スハフ14 5は現在、JR四国の高松運転所に移籍。現在改修前の塗装(いわゆる国鉄色)に戻されている。
登場したキハ65形気動車改造の2両編成。キロ65 1・1001 で構成されていた。
外観は先に登場した「アルファコンチネンタルエクスプレス」に似たデザインのハイデッカー式で、デビュー当時は、大阪〜金沢間は、同区間で運転されているエル特急「雷鳥」の後部に併結されて無動力で牽引され、当時の未電化区間であった金沢から和倉温泉までは自力走行して運転された。この運転方法があとに登場する「ゴールデンエクスプレスアストル」「エーデル丹後」にも受継がれる。しかし1991年に金沢〜和倉温泉間が電化され「雷鳥」との併結運転は終了した。その後はもっぱら団体臨時列車として運転されてきたが、団体臨時列車運転中にエンジンの不具合が発生し、エンジン修復されず1995年3月31日に廃車された。
「リゾートサルーン・フェスタ」(1988〜2001年)
1988年に登場したキハ28・58形気動車改造の3両編成。キロ59 552・553、キロ29 553 で構成されていた。広島支社・広島運転所に所属していた。
1988年7月に落成し、23日にデビュー。先頭車が魚の顔のようになっており、開閉する口の部分にはLEDの電光掲示板が設置されているのが特徴だった。また、スピーカーが付いており、デビュー当時は「はじめまして、僕はフェスタです・・・」等と喋っていた。2001年11月11日の「快速さよならフェスタ」号の運転をもって引退。2001年8月にタイ国鉄へ無償譲渡されることが決定していたが、予想以上に老朽化が進んでいたことや、タイ国鉄の幹部交代による方針変更などを理由にタイ側から最終的な調整の話が得られず破談。2003年7月25日に廃車となり、2004年3月までに解体され、特徴的な前頭部の一部が主な走行区間であった山口県長門市の民家に保存されている。大阪・朝日放送の「探偵!ナイトスクープ」で取上げられたことがあった。
「ビバ・ウエスト」(1989〜1999年)
1989年8月に登場したキハ58・28形気動車改造の2両編成。キハ59 501、キハ59 501 で構成されていた。なお、この車番は「おばこ」の普通車扱となったあとのものと重複していた。「ふれあいパル」と同じく小郡運転所に所属していた。
団臨のみならず多客臨としても運転されていたが1999年3月に廃車された。
「セイシェル」(1989〜2005年)
1989年11月に登場したキハ58形気動車2両、12系客車1両を改造した3両編成。キロ59 554・555、キサロ59 501(12系客車からの改造車)で構成。通常の58系の2両編成に客車を挟んだのでやや出力不足ぎみとなっており、他の一般車を伴って運用されることも多かった。
キロ59形は長い連続窓で構成され、前面は改造車種であるキハ58形1100番台のままで貫通扉に小型の表示板が付いていた。2号車であるキサロ59形は、1両のみで構成するスハフ12形701号車「いこい」から再改造された車両で、室内は「くつろぎコーナー」というコーナーが設置されていた。
所属区は当時、福知山運転所(現、電車区)だったがのちに豊岡鉄道部に転属。団臨以外にも多客臨時列車にも使用されていたが、2005年1月の団臨を最後に引退、3月31日付で廃車になった。
アストル(塗装変更後)「ゴールデンエクスプレス アストル」(1988〜2006年)
1988年に登場したキハ65形、キハ28形気動車改造の3両編成。キロ65 551・1551、キロ29 552の3両で組成されていたが、1998年のリニューアル時にキロ29 552は廃車、代わりにキロ28形改造のキロ29 554が新たに連結された。金沢支社が保有、金沢総合車両所に所属していた。
車体は「ゆぅトピア」に似ていて、先頭車前部にフリースペースの展望席を有し、キロ29形を外せば485系電車の後部に連結されての運転が可能で、「ゆぅトピア」が検査のときに「ゆぅトピア和倉」で運転されたこともある。1998年に外観塗装も含めリニューアルを受けた。
2006年11月5日・12日・26日の日曜日に金沢〜猪谷間に運転された臨時快速列車「ありがとうアストル」号を経て、同年12月8日をもって運用を離脱、2007年3月8日付けで廃車となった。
ふれあいパル
ふれあいパル車内「ふれあいパル」
1986年に登場したキハ58系気動車改造の2両編成。キロ29 504、キロ59 507 で組成されている。広島支社が保有、山口鉄道部に所属していた。
助士側前面の窓が大きくなっており、前方の景色が見やすくなっていた。車内は掘ごたつ式であった。
利用率の低下と車両の老朽化のため、2007年10月28日に広島〜新山口で運転された臨時快速列車「さよならふれあいパル」号をもって運用を離脱し、同年11月9日付で廃車された。
「ホリデーパル」(1984〜1997年)
1984年7月に登場した 20系客車改造の8両編成。簡易個室化された ナハネ20 701〜705、ナハネフ22 701と、14系食堂車オシ14形をサロンカーに改造したオハ14 701、電源車カヤ21で構成されていた。
登場当初は国鉄色のままだったが1990年末に白を基調に淡い藤色(あとに水色)ブルー・ピンクの帯を配した外観に変更された。波動用の車両のため、一般の20系と同様に扱われ、多客シーズンには臨時列車にも充当され、時に原色または本車両と同色に塗色変更された一般形との混結も見られた。老朽化のため、1997年に廃車された。